大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

佐賀地方裁判所 昭和33年(わ)133号 判決 1958年10月09日

被告人 上野稔

主文

被告人を禁錮四月に処する。

訴訟費用は全部被告人の負担とする。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は昭和三十三年二月八日午後十時頃鳥栖市中通りシヤンソンダンスホールこと久保喜久男方ホール(間口約四間、奥行約八間)内に於て北東隅の長椅子に腰掛けていた陶山弘隆(当二十歳)に対し同ホールの支配人をしている実兄陶山正を呼んで来いと命じた、たまたま同ホールでは三十名位の男女がブルースを踊つており、右長椅子の前には煉炭火を入れた長火鉢一個(高さ五八糎、上部の直径四六糎、底部の直径四〇糎)が置いてあり、煉炭火が飛び散つた場合は人の身体に対する相当の危険が予想される状態であつたに拘らず、被告人は右陶山弘隆が直ちに被告人の要求に応じなかつたことに憤慨し、矢庭に右火鉢を不注意にもホール中央の方に向け足で蹴倒して煉炭火を飛散させ、右の重大な過失により右煉炭火の破片が附近で踊つていた酒井艶子(十八歳)の右雨靴の中に入り同女に対し治療約三週間を要する右下腿、右足節部、右足第三度火傷の傷害を負はしめたものである。

(証拠の標目)(略)

(法令の適用)

被告人の判示所為は刑法第二百十一条後段(重過失傷害)前段、罰金等臨時措置法第二条、第三条に該当するので所定刑中禁錮刑を選択しその刑期範囲内で被告人を禁錮四月に処し訴訟費用については刑事訴訟法第百八十一条第一項本文を適用して主文の通り判決する。

(検察官及び弁護人の主張に対する判断)

本件につき検察官は刑法第二百四条の傷害罪に当るものと主張し、弁護人は同法第二百九条の過失傷害罪に当るものと主張するのでその当否について判断する。およそ傷害罪の成立に必要な暴行の故意については確定的故意ある場合の外、未必的又は包括的故意を以て足ると解しても、それは少くとも「人」の身体に対して向けられたものであることを必要とすることは刑法第二百四条の文理上明白である。

ところが本件に於ては被告人が煉炭火の入つた火鉢なる物を故意に蹴倒したものであることは認めることができるが、進んで右状態を利用して被害者の酒井艶子を始め、当時同ホール内にいた何人の身体に対しても有形力を行使しようとするいはゆる暴行の確定的乃至未必的故意を有していた点についてはこれを認めるに足る証拠は何等存在しないので傷害罪の成立する余地はないものと解する。

次に被告人が注意義務を怠つた態様は判示認定の通りであるが、当時冬期で閉鎖された同ホール内では三十名位の男女が絶えず移動し乍らブルースを踊つており、このような場合に火の入つた煉炭火鉢を蹴倒せば場合によつては人の身体に対して相当の危険が生ずるかも知れないことは当然に予想されるところである。然るに被告人は不注意にもかような結果を予期せず漫然と右煉炭火鉢を人の踊つているホール中央の方に向つて蹴倒した結果酒井艶子に対して判示のような傷害を負はしめたものであるから右は刑法第二百十一条後段にいはゆる重大な過失と云うに妨げないものと解する。

よつて検察官及び弁護人の主張は何れもこれを採用しない。

(裁判官 岩崎光次)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例